国としての防災・人が伝える防災




 

日本は古くから、地震が非常に多い島国です。

天災は基本的に予測のできないものではありますが、地震は常日頃から頻繁に発生しています。
まだまだ記憶に新しい多くの死傷者を出した阪神・淡路大震災や東日本大震災、これらの体験は悲惨なものとなり、多くの人々の中での悲しい歴史として刻まれました。ですがこれらを教訓として、いつか起こるだろう大地震に備えて、国や自治体・個人のレベルでも災害に対する備えとして、更なる強化をおこなっています。

では、このような備え=「備災」は、いつ頃から始まったのでしょうか?
ここでは、地震の歴史を振り返りながらご説明します。

地震観測の始まりは明治8年

国としての対策から見ることにしましょう。

地震に関して言えば、日本で最初に地震観測が始まったのは1875年、明治8年のことです。

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その後、横浜地震をきっかけに「日本地震学会」が、1891年の美濃地震を契機として震災予防調査会を発足しました。そして、大きな災害が発生するごとに少しずつ法律を改正したり、研究施設を作るなどして次また来るかもしれない災害に備えてきたのです。

法改正の中でも、建築基準法の改正は大きな影響を与えたといいます。特に1981年、十勝沖地震や宮城県沖地震での教訓を踏まえて改正された新基準は、その後の大地震で建物の被害に差を生むほどとなりました。

さらに阪神淡路大震災の後には、耐震基準を満たしていない建造物の補修を促進する法律ができました。このように、より一層の強化をしてきているのです。

先人が残してくれたメッセージ

国や自治体の対策は、災害が起こると、これまでの不足していた法整備や対策などを検証し、次に生かすというやり方です。

しかし、公的な対策や研究が本格化するより前から、災害が発生した時の様子は文書や絵・石碑などに残されていました。これはまさしく、民間レベルとして未来への「備災」意識の伝達といえるでしょう。国や自治体が用意してくれた対策を確認すると同時に、過去の人々が残してくれた情報を私たちはもう一度知る必要があるのではないでしょうか?

それが、本当の意味で”防災の歴史を知る”ということになるのかもしれません。

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